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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)659号 判決

控訴人 粂野種男

右訴訟代理人弁護士 山村清

被控訴人 田中勇治

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、原判決添付目録記載の建物部分を明渡し、かつ昭和五六年二月三日より明渡ずみに至るまで一か月金三一、三〇〇円の割合による金員を支払え。

被控訴人は控訴人に対し金二四、〇〇〇円を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、第二審を通じその五分の四を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「(一) 原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。(二) 被控訴人は控訴人に対し原判決添付目録記載の建物部分を明渡し、かつ昭和五二年一〇月一五日より明渡ずみに至るまで一か月金三一、三〇〇円の割合による金員を支払え。(三) 被控訴人は控訴人に対し金八六、六七六円を支払え。(四) 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。(五) 右(二)及び(三)については仮に執行することができる。」旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、次のとおり附加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する(但し、原判決二枚目裏七行目の「未払額金一万四四七円」を「未払額金一万四、四四七円」と訂正する。)。

(一)  原判決四枚目表八行目の次に、

「7 仮に5記載の契約解除の意思表示により本件賃貸借が終了していないとしても、本控訴提起後において、被控訴人は次のとおり本件賃貸借当事者間の信頼関係を破壊する行為を繰返し、賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめたので、控訴人はこれに基づき昭和五六年二月二日の口頭弁論期日に予備的に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした。よって被控訴人は控訴人に対し本件建物部分を明渡さなければならない。

(1)  本件建物は別紙図面の構造の店舗兼共同住宅で、同一の建物のうち控訴人と被控訴人とは一階部分の北側と南側の部屋に別れて居住し、横玄関、廊下、階段、一階便所、屋上物干場を共同使用しており、二階部分は六室あり、その各室は他に賃貸していたものである。ところで、控訴人と被控訴人との本件紛争の原因の一つは水道の使用方法及び使用料金の負担をめぐる争いであった。すなわち、水道本管から本件建物全体への主配管が口径一三ミリメートルのもの一本しかなく、これから更に各室に分岐して給水されているため、階下での水道の放水量を多くすれば、二階部分は断水または水の出が極端に悪くなるのであるが、被控訴人の水道使用が多量であり、他の居住者の日常生活に不便を生じ、またそのような使用状況であるのに被控訴人から水道使用料について格別の支払を受けておらず、これが控訴人の不満の種であり、被控訴人との争の一因となっており、また電気の使用料金の負担についても、被控訴人店舗内の小メーターによる電気使用量の確認が被控訴人の協力が得られないため昭和五〇年六月以降不可能になったことも問題の一つであった。

(2)  そのような事情にあったことから、控訴人は本件訴訟が控訴審に係属する前後から、右の水道及び電気の問題の解消を図った上、被控訴人との間の賃貸借関係を整序して継続する方法で和解を成立させることを考えるに至った。

(3)  そこで被控訴人は控訴審における昭和五四年九月四日の第一回和解期日において控訴人の右意図するところを申し出で、被控訴人方への水道、電気の配線、配管を別にし独立のメーターを設置する工事をすることとし、被控訴人の了承を得たので、次回期日(同年一〇月二二日)までに同工事を完了したい考えであった。

(4)  そこで電気配線工事については、控訴人は株式会社野尻電気工業所にその施行を依頼し、被控訴人との工事打合せに入って貰ったが、被控訴人は現場説明を受けてもそれのみでは不十分とし、図面の提示を求め、また図面の書きかえを再三要求し、「そんな図面ではわからん」とか「遮断器や点滅スイッチの取付位置は二、三日考えさせてくれ」とか言って容易に返答せず、工事施行についても工事業者に逐一指示監督しようとする態度に出たため、控訴人は同会社から再三工事の辞退を申し出られたが、その都度これを慰留し、また東京電力株式会社からはこの工事について将来紛争が起ることを危惧して控訴代理人名義の保証書の差入れ方要望がなされ、これに応ずることもあった。このような経過を経てようやく同年一〇月一二日に右電気配線工事は完了することができたが、控訴人は同工事費として七二、四〇〇円を野尻電気工業所に支払った。

(5)  水道配管工事についても、控訴人は直ちに田渕設備工業株式会社にその施行を依頼したが、同社からは嘗て被控訴人方の水道修理を行った際のトラブルにこりて、被控訴人方内部での工事は引受けられないと拒否され、次いで有限会社相互設備工業に依頼し、同会社は被控訴人との工事打合せに入り、東京都水道局に工事届出書を提出したが、「被控訴人の注文が多過ぎるし、いやがらせばかりするので責任ある工事はできない。」との理由で工事施行を辞退し、右工事届書も取下げてしまった。控訴人はやむなく有限会社松下工業所に工事の依頼をしたが、同社からも「手がない。」と即時に拒絶された。

(6)  同年一〇月二二日の和解期日において、その席上被控訴人は「水道工事屋には工事は一任できない。水道本管から被控訴人方に直接配管し、その呼び径は二〇ミリにせよ。」との要求を繰り返した。控訴人は、本管から被控訴人方への独立配管であれば呼び径は一三ミリで十分であり二〇ミリにせよとの要求は過大であると考えたが、結局これに応ずることとし、被控訴人には工事施行に協力してくれるよう要請した。

(7)  その後控訴人は、東京都水道局に事情を打明け、その紹介を得て株式会社保坂工業所に右水道配管工事を依頼し、同会社において被控訴人と再三の現場説明、打合せを行い、同年一一月一七日控訴代理人と被控訴人との間で配管経路、呼び径等の記載のある配管図に互に署名し同配管図に基づく工事を施行することの合意に達した。この合意によれば、工事費用は全額控訴人が負担することを前提とし、配管経路はその殆どを控訴人方を通すものとなっており、控訴人としてはなし得る限りの譲歩をしたものであった。

(8)  ところが、同年一一月二二日右合意に基づき保坂工業所が作成した水道局への工事届用提出図面に被控訴人の承認印を得るべく、控訴人の妻が被控訴人方に同図面を持参したところ、被控訴人は「水道屋に持って来させろ。」と言ってこれを受領しようとしないので、同月二九日保坂工業所の保坂保秋が被控訴人方を訪れ、右図面に署名押印するよう求めたが、被控訴人は図面を受取りはしたものの「預って検討しておく。」と言うのみで署名押印には応じなかった。

(9)  そこで控訴代理人は同年一二月一日被控訴人に対し、右図面に署名押印して貰わないと水道局への工事届出ができず、また同図面は既に一一月一七日に被控訴人において署名した図面と同一のものである旨説明し、署名押印方督促したところ、被控訴人の返事は「未だ図面は見ていない。次の和解期日には持参する。」とのことであった。

(10)  同年一二月三日の和解期日において、席上被控訴人は「渡された図面では、ハメ中立上り一三ミリとなっているが、これを二〇ミリにし、蛇口附近の水平部分のみを一三ミリにせよ。」との要求を繰返すので、控訴人はやむなくこれを受入れた。ところが被控訴人は更に「控訴人方の廊下への出入口扉は二か所とも外開きになっており廊下の通行に危険があるからこれを内開きに改造せよ。」との新たな要求を持出し、現状のままでもさしたる支障がないことを控訴人が説明しても頑として引下がらないので、控訴人はこの要求をも受入れることとし、結局水道工事については、被控訴人と保坂工業所との間で右要求に沿って修正した図面をもとに速やかに調印し直すことで合意ができた。なお控訴人方の右出入口扉の改造工事は控訴人において株式会社山口商店に依頼し、昭和五五年一月一一日施行完了し、控訴人は同年一月一四日同会社に対し工事代金二三、三〇〇円を支払った。

(11)  右和解期日後間もなく前記合意に沿って修正された図面が被控訴人方に届けられたが、被控訴人は署名押印することなく放置するばかりか、工事の中止をほのめかし、被控訴人からの連絡があるまでは工事の日程や段取りについての打合せにも入れない旨を記載した書面を同年一二月二〇日付発信で保坂保秋宛郵送した。

(12)  そこで控訴代理人は同月二三日被控訴人に対し、電話で督促かたがた事情問合せをしたところ、被控訴人は「水道配管の件は慎重にやりたい。」というのみで要領を得なかった。翌二四日控訴代理人が被控訴人方を訪れたところ、被控訴人は「水道管工事に伴う大工工事、ブリキ工事の職人の手配は保坂に任せず自分の方でやるからその費用は控訴人の方で負担してくれ」と言うのでこれに応じたところ、同人は工事施行に改めて同意し、図面に署名押印した。

(13)  ところが同日夕刻、被控訴人は控訴代理人に対し電話で「工事屋の保坂は信用できない。被控訴人方内部の水道工事部分は自分の方で独自に手配するから、控訴人方内部の水道工事部分は保坂にやってもらってよい。」旨申し入れてきた。

(14)  昭和五五年二月六日の和解期日において、その席上でも被控訴人は右の主張を繰返すため、やむなく控訴人は「保坂が信用できないというのであれば、水道業者の選定はすべて被控訴人に一任する。工事費用は一切控訴人側で負担する。」旨申し出で、被控訴人もこれに応じたので、次回期日までに工事を完了することとし、次回和解期日が同年四月九日と指定されようとしたが、その段階で被控訴人は突如前言を飜えし、「私の面子にかかわる。私の名誉にもかかわるから自分で全部の工事の手配はできない。控訴人側で工事をしても、現状の配管は切らないでそのまま水の出るようにしておいてくれ。」と真意不明のことを言い出して譲らず、裁判官の再三の勧告にも全く応じようとしなかった。このようなことでは水道配管工事が果して施行できるものか全く期待できないばかりか、そもそも被控訴人に水道工事を真実施行しようとする意思があるのか疑問であるので、結局和解手続は打切られることとなった。

(15)  右のような経緯で水道配管工事の施行が不可能のまま同年四月二三日口頭弁論期日を迎えたが、同期日において被控訴人は裁判所から勧告を受けた結果、水道工事業者の施行する工事に文句をつけないことを了承し、再び水道配管工事を実施することとなった。

(16)  そこで控訴人は保坂工業所に工事再開の依頼をし、同年四月末頃同会社を通じて水道局への工事許可申請を行った。

(17)  同年七月一日保坂工業所の保坂保秋及び木工事を担当する有限会社渡部工務店の渡部要が工事の下見のため控訴人方を訪れたが、その際被控訴人方内部の下見も必要であるとのことから、控訴人の妻が同人らを被控訴人方に案内し、被控訴人不在のため、その妻の了承を得て下見をして貰った。ところが間もなく帰宅した被控訴人は、控訴人方に「俺の留守になぜ大工の下見をさせたのか。」と大声で怒鳴り込み、その場に居合せた控訴人の長男の嫁に対しても「お前は態度が悪いぞ。」と大声で面罵した。

(18)  右のようなこともあったが、水道配管工事は同年七月三日施行され、同日夕刻工事は完了し、被控訴人方内部への水道配管には独立メーターが取付けられた。

(19)  ところが翌七月四日早朝から、被控訴人及びその妻は、控訴人方敷地南東隅に設置され控訴人方独立メーターを経由している洗場水道を使用し始め、道路への散水をはじめ洗濯などにも用いるに至ったので、控訴人の妻らが再三、「これでは折角独立の配管工事をした意味がないので、洗場の水道はゴミバケツを洗う程度にして欲しい。どうしても洗場を使いたいのなら被控訴人方台所からゴムホースを引いてやって欲しい。」旨懇請したが、被控訴人は「いちいちうるさいことを言うな。共用の洗場を使ってなぜ悪いのか。」とわめき散らすばかりであった。そして被控訴人は現在に至るも同様の洗場水道使用を続けており、折角の水道配管工事も全く徒労に帰したばかりか、その洗場水道使用も大量の水を放水し放しにするので、配管工事施行前と同じく二階部分の水道がしばしば断水し、これに苦情を言えば、被控訴人は「何を。」「うるさい。」などと怒号する始末である。

(20)  なお控訴人は前記水道配管工事に関し、同年六月三日東京都水道局に水道工事費として金一八三、五二八円、同年七月二〇日保坂工業所に工事代金一二六、三五〇円、同月九日渡部工務店に工事代金四八、〇〇〇円(以上合計三五七、八七八円)を支払った。

(21)  同年七月九日の口頭弁論期日において、控訴人は、水道配管工事は完了したが被控訴人との間で賃貸借を円満に継続していくためには、今後の建物修繕費の負担関係、洗場の水道使用関係、賃料値上げに関する事項等を明確に取りきめておく必要があるので、和解を勧告されたい旨申し述べ、被控訴人もこれに同意したので、裁判所は次回を和解期日にして同年九月八日と指定し、同期日までに控訴人において和解条項案を提示するようにとの指示があった。

(22)  被控訴人は同年七月一七日朝六時頃より控訴人方に接する自宅押入内にラジオを置き高音で鳴らしたので、控訴人の妻がこれを注意すると、被控訴人は「お宅の掃除器の音の方がよっぽどうるさい。」といって聞き入れず、終日鳴らし続け、この状態は同月二〇日まで続いた。

(23)  控訴代理人は、同年八月三一日被控訴人方を訪れ、次回和解期日に提出する予定の和解条項を手交し検討を求めたところ、被控訴人は「これは契約書と同じだから調印はできない。やる必要はない。」と述べた。

(24)  同年九月八日の和解期日において、控訴代理人が和解条項案を提示したところ、被控訴人は「確認事項」と題する書面を提出し、「和解をする前提として先ずこれに調印せよ。」と要求した。しかし右「確認事項」の第一項は、「本和解は両当事者の貸借関係の持続を前提とするものであること。」というのであって当然のことであり、第二項は「本和解以降の事情は一切明渡の理由等には利用しないこととする。」というものであったので、裁判官の説諭もあって被控訴人はこれを撤回し、次回までに被控訴人においてその希望する和解条項案を作成することとなった。

(25)  同年一〇月八日の和解期日において、被控訴人は「和解案所見」と題する書面を提出し、これに加えて「賃料値上げの基礎として控訴人提案の物価指数スライド方式は認めるわけにはいかない。その都度話合いで決めるべきだ。建物の老朽化もひどい。私の営業は収益がない。一日一、〇〇〇円を儲けるのは大変である。いろいろと他人に相談してみないと駄目だ。自分の首をしめることになる。」旨述べ立て、頑として引下がらず、また、裁判官から被控訴人が本件建物部分を明渡すということであれば、それまでの賃料は据置くということも考えられるがどうかと質問されると、被控訴人は「立退きも考えられるが、立退期限は明示できない。」と答え、賃料値上げの基準を定めることについて裁判官からいろいろと説諭を受けても言を左右にして頑な態度を崩さず、そのため和解の他の条項の検討に入ることができず、そのため和解は打切りのやむなきに至った。なお、本件建物部分の賃料は、賃料増額訴訟の結果墨田簡易裁判所の判決(被控訴人から控訴、上告がなされたがいずれも棄却)により昭和四九年七月以降月額三一、三〇〇円と定められ、その後据置かれたまま現在に至っているものである。

(26)  昭和五五年一一月一五日被控訴人が控訴人方に「自転車屋(控訴人)と隣の看板屋が俺の悪口を言っている。」と大声で怒鳴り込んできたので、控訴人の妻が「そんなことは言っていない。邪推して貰っては困る。」と言っても納得しないので、やむなく隣家の看板屋の小林長重にその場に来てもらったところ、被控訴人は「看板屋さんが俺の悪口を言ったなんて言っていない。」とうそぶき、仁王立ちになって腕組みをし「俺は腕を下げておかないと危い(注、空手を使わないために腕を下げておくの意)、けんかするなら財産で来い。」と怒鳴った。このようなこともあり、また被控訴人が空手の高段者であるという近隣の風評もあるので、控訴人及びその家族は被控訴人に対し恐怖の念を抱くに至っている。

(27)  また控訴人は前記水道配管工事が施行される直前の同年六月二七日急性心筋梗塞を急発し、入院治療を受け、危く一命をとりとめ同年七月二二日退院し、現在本件建物内で安静療養を続けているが、同じ屋根の下の被控訴人とのトラブルが絶えない状態では心痛のあまり病状の好転は望めない。」

を附加し、

(二)  原判決四枚目裏四行目の次に

「4 請求原因7の事実については、

(1)のうち本件建物の構造と利用状況、水道主配管の口径は認める。

(3)の事実は認める。

(4)のうち控訴人が電気配線工事を野尻電気工業所に依頼したこと、示された図面について被控訴人が「こんな図面ではわからん。」と述べたこと、「取付位置は二、三日考えさせてくれ。」と述べたこと、同工事が昭和五四年一〇月一二日完了したこと、控訴人が工事費用を七二、四〇〇円支払ったことは認める。

(5)のうち控訴人が水道配管工事を田渕設備工業に依頼したことは知らない、同工事を相互設備工業に依頼したことは認める。相互設備工業が工事を中止したこと、また松下工業所に工事依頼をしたところ拒絶されたことは知らない。

(6)のうち、和解の席上被控訴人がその記載の要求をしたこと、控訴人がこれに応じたことは認める。

(7)のうち保坂工業所が現場に来たこと、配管図に双方が署名したことは認める。

(8)のうち昭和五四年一一月二二日控訴人の妻が図面を持参したこと、右図面の受領を被控訴人が拒否したことは認める(拒否したのは水道屋から説明を受けるためである。)。同年同月二九日保坂保秋が図面を持参したことは認める。

(9)のうち控訴代理人から電話で水道工事についての連絡があったことは認めるが、被控訴人の返答については争う。

(10)のうち昭和五四年一二月三日の和解期日に、被控訴人がその記載の要求をしたこと、修正した図面に調印する合意をしたこと、扉の改造工事が完了したことは認める。扉の工事代金の額は知らない。

(11)のうち、図面が被控訴人に届けられたこと、保坂保秋に書面を送付したことは認める。

(12)のうち控訴代理人から電話があったこと、その翌日控訴代理人が被控訴人を訪れたこと、被控訴人が控訴代理人に記載のような要求をしたことは認める。

(13)の記載事実は認める。

(14)のうち、和解の席上控訴人が記載の申出をしたこと、被控訴人が工事の手配を断ったこと、和解が打切られたことは認める。

その他被控訴人が信頼関係の破壊行為を繰り返しているという控訴人の主張は争う。」

を附加する。

理由

控訴人主張の請求原因1乃至6及び被控訴人の抗弁については、当裁判所の判断も原判決と同じであるから、その理由説示(原判決八枚目表六行目から一四枚目裏末行まで)をここに引用する(ただし、原判決一〇枚目表四行目及び同八行目の「修複」を「修復」と改め、同一三枚目裏二行目のの「未たない」を「満たない」と改め、同一四枚目表六行目の「支払らわなかった」を「支払わなかった」と改め、同裏三行目から末行までを「右認定事実によれば、前記解除の意思表示がなされた当時においては、当事者間に若干のトラブルが存在していたことは認められるものの、この程度であっては未だ賃貸借契約における信頼関係が破壊されていたとまでは認め難く、前記解除の意思表示はその効力を有するとはいえない。」と改める。)。

そこで請求原因7の予備的解除の主張について検討すると、同7の(1)乃至(27)記載の事実中当事者間に争いのない部分を除くその余の事実は、《証拠省略》を総合すると、すべてこれを認めることができ、これを覆すべき証拠は存しない。

そこで請求原因7の(1)乃至(27)記載の事実に基づいて考えると、本件建物は店舗兼共同住宅であって、賃貸人である控訴人もその一部に居住し、賃借人である被控訴人とは互に壁を隔てた部屋で、便所等も共同使用して生活する関係にあり、また二階部分の各部屋に入居する者をも含め、居住者全員が各々の生活を互に尊重し合い、譲り合って生活することが、円満な居住関係を維持するため特に必要とされる環境にあるものと認められる。そのような居住関係にある控訴人と被控訴人との間に本件紛争が生じたのであるが、その紛争が共同使用している水道、電気の使用方法及びその使用料金の負担区分の問題に起因しているところから、控訴人は本件控訴を提起する頃から、この水道、電気の使用をめぐる問題を先ず解消し、次いで賃貸借契約の内容の整理及び明確化を図ることができれば、被控訴人との賃貸借を継続することも可能であり、したがって和解により本件訴訟を解決したいと考えるに至ったものと窺われる。そのため控訴人は、当審の昭和五四年九月四日の和解期日において、被控訴人方への電気、水道の配線、配管を他の各室とは別にするよう変更し、独立のメーターを設置することとし、その工事費用は控訴人において負担する旨申し出ているのであって、その申出は本件賃貸借を和解により円満に継続させるための第一歩の措置として、事案に即した妥当なものと認めることができる。そして被控訴人はこの申出に同意したのであるから、その工事の施行について積極的に協力し、控訴人側の立場、経済的負担の面をも考慮し、工事に伴い多少の不満不便が生じても譲り合いの気持からこれを受忍することが期待されるのであるが、被控訴人にはそのような配慮を認めることができず、むしろそれとは逆に、ことごとに文句をつけて工事の進行を妨げ、一旦合意した事柄をも覆し、新たな要求を追加して控訴人を困惑させることが屡々あり、そのため当審の和解手続が打切られる事態にも立至ったこと、しかし一方控訴人は和解による円満解決を望む立場を捨てず、無理難題と思いながらも被控訴人の要求を受け入れ、工事の施行に努力を重ねてきたことは前記認定のとおりである。

また控訴人がようやく水道配管工事を施行完了し、その工事代金三五万円余を全額負担したのであるが、その工事が完了した翌日の早朝から、被控訴人は控訴人方メーターを経由する洗場水道をことさらに使用し、制止にも耳をかさず、控訴人方及び本件建物の二階部分の水道使用に断水等の支障を生ぜしめていることは、長期間に亘る控訴人の努力と忍耐の結果実現し得た水道配管工事の趣旨を踏みにじるものであって、円満解決を望む控訴人に対する挑戦的態度ともいい得る。

更に右水道配管工事が完了したことにより、再開された当審の和解期日において、将来の賃料値上げの基準を定めることが検討された際、嘗て賃料増額について控訴人と被控訴人との間に紛争が生じ、訴が提起され、控訴上告を経てようやく解決をみたという経験があったことから、控訴人としては将来の賃料増額の基準をこの際定めておくことが円満な賃貸借継続に必要であるとしたのに対し、被控訴人はこれに応ぜず、賃料の額の決定には自己の収入の状況をも考慮すべきであるとするかの如き発言もして、増額の基準を定めることを拒否し、頑として譲らないため、他の和解条項についての検討に入ることができず、遂に和解は再び打切りとなったことは前記認定のとおりである。このような被控訴人の態度からは、控訴人との賃貸借関係について相互の立場を尊重し合いながら円満に維持していこうとする姿勢を認めることができず、むしろ自己一方の利益の主張に終始するものと認められるのである。

また、控訴人方と隣接する押入にラジオを置いて数日間高音に鳴らしたという被控訴人の行為等は、控訴人及びその家族に対して不信と嫌悪の情をつのらせるものであって、相互の生活を尊重する精神に欠ける所為であるというべきである。控訴人が急性心筋梗塞で倒れ、自宅療養中であることも考え合せると、控訴人及びその家族が被控訴人との長期間に亘る紛争に、耐えられない思いでいることも推認するに難くない。

以上を総合すると、被控訴人の右一連の行為、態度により、本件建物部分の賃貸借継続の基礎となる控訴人との信頼関係は、最早回復する余地がないまでに破壊されているものと認められる。したがって控訴人において右信頼関係破壊を原因として、催告することなく本件賃貸借契約の解除をなし得べきものであるところ、その解除の意思表示が、被控訴人出席の昭和五六年二月二日の当審第七回口頭弁論期日においてなされたことが記録上明らかであるから、同日をもって右賃貸借は終了したと認められる。なお右賃貸借終了当時における賃料が一か月金三一、三〇〇円であることは当事者間に争いがない。

よって、控訴人が被控訴人に対し、原判決添付目録記載の建物部分の明渡し、及び右賃貸借終了後の昭和五六年二月三日より明渡ずみに至るまで賃料相当の損害金として一か月金三一、三〇〇円の割合による金員の支払を求める請求は理由があるのでこれを認容し、昭和五二年一〇月一五日より昭和五六年二月二日までの賃料相当の損害金の支払を求める部分については同期間は未だ賃貸借継続中であるのでその請求を失当として棄却すべきものである。また、控訴人が被控訴人に対し、昭和五二年三月分から同年九月分までの未払賃料の支払を求める請求については、前記のとおり原判決と同一の理由により、金二四、〇〇〇円の限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は失当であって棄却すべきものである。

したがって、原判決を右の結論にしたがって変更し、訴訟費用の負担については民事訴訟法九六条、九二条を適用し第一、二審を通じてその五分の四を被控訴人の、その余を控訴人の負担とし、仮執行の宣言は相当でないと認めるので、これを附さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鰍澤健三 裁判官 沖野威 枇杷田泰助)

〈以下省略〉

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